心理療法研究室/ヒプノワーク四国

前世療法体験記1
私が初めて催眠療法を受けたのは、いきなりの前世療法でした。ブライアン・ワイス博士の『前世療法1・2』を読んで、本当に自分にも前世が見えるものなのかと疑問(期待?)を持ったのがきっかけでした。幸いにも、とてもいい催眠療法士の方に巡り会い、私は無事に一回のセッションで過去生体験をすることができました。

そこで見た「私」は、織田信長に仕える忍び(草の者)だったのです。表向きには家で薬草を作っているようでした。妻と男の子と女の子がいました。そこへ、命令が下りました。どうやら、敵方が正式に殿(織田信長)に指示書のようなものを提出してくるというのです。それが運び込まれるのを阻止し、その伝令を携えてくる者を討てというのが私への命令でした。

私はその使命をまっとうこそするのですが、同時に忍びとしての自らの存在の痕跡すらも残さないように、妻や子の命までも自分が絶つという悲惨なことをする人生でした。最後は山中で松明を持つ十名以上の追っ手に囲まれます。ただ一人、刀を抜いて立ち向かい、何本もの槍が腹部を貫通して死んで行くというものでした。

そんな私の死体を自分で上から見ながら天へ登りつめていくと、そこには無口で矍鑠とした白い衣をまとった老人が私を待っていました。一言の言葉もかけてくれず、それでいて、その人は私が家族の命を絶ったことについて、「いいんだよ」というメッセージをテレパシーのように伝えてきたのです。

あの不思議な体験、そして、更に不思議だったのは、催眠から醒めた後に、まるで自分で自分を知ったかのように、あるいは、まるでアイデンティティを確認したかのように、自分の今生の生き方を反省することができました。

前世療法を受けることは、擬似的に死を体験することでもあります。その意味では、程度の差こそあるかも知れませんが、臨死体験に似ています。臨死体験をした人が、その後、死を恐れなくなり、いまの人生の使命を深く痛感したり、生き方がもっと前向きに変化したりする場合があるようです。臨死体験の体験者に起こる変化や共通した点を以下のように指摘する研究者もいます。

@死に対する恐怖の減少
A以前よりも強くなったという感覚
B生の重要性や宿命といったものに対する特別な感覚
C神あるいは運命によって特別な恩恵を受けているという確信
D死後にも存在が続くという強い信念
  (参照  安藤治『瞑想の精神医学』、293ページ、春秋社)

このような変化は、前世療法においても起こると言えますし、前世療法を受けるということは、自分の内面に目を向けることにつながります。そして、前世というイメージを通して、生と死を経験することができます。これによって、死への恐怖がやわらぎ、生きる意味への気づきが与えられたりします。その意味で、ホスピスなどで催眠療法が体力的に可能な方にはとても効果のあるメンタルケアの方法になると私は思います。
自殺願望のあるような人であっても、前世で死んだ姿や生老病死を見ることによって、自分から死のうと思わなくなったり、あるいは前世で自殺した自分を見た人は自殺したとたんに自分がやってしまったことへの後悔をつのらせるようです。

過去世が本当にあったものかどうかを証明することは、とても困難なことだと思います。でも、それが本当にあったことかどうかよりも、前世療法が目的としていることは「療法」として今の自分に気づきを与えてくれるということにあります。前世に起こったことを見て、その人生の目的がわかり、そこで達成できたこと、できなかったこと、そして、得たもの、あるいは得ようと思っても得ることができなかったものを知ることで、いまの自分のあり方への大きな気づきを得ることが可能です。もし、いま自分が抱えている問題がある場合には、ほとんどの人が前世療法によって現在の問題を解決する糸口を与えられると思います。

私は前世療法を施術していて、いつも不思議でならないことがあります。それは前世への誘導を終えて、次の人生への出発までの中間生(バルド)において、たいていの人が出会うマスター、あるいは守護霊に言葉を与えられることです。しかも、その人のパーソナリティを何段か越えたような高次の言葉が投げかけられてきます。そして、その人が導かれていくことはとても不思議なことです。
正直なところ、私はクライアントさんを前世に誘導することはできても、セラピストとして解決の糸口を先読みすることが困難な場合もあります。でも、ちゃんとマスターが解決してくれるのです。
(堀 剛)


催眠療法・前世療法
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